今回ご紹介するのは、2022年7月より高齢者福祉事業(看護・保健部門)の理事に就任した山口香里さんです。看護師としてのキャリアや自身の経験・価値観をながよ光彩会で生かし、「看取り」や「エンディング」について深めていこうとしています。
なかなか話題に出しにくい、けれども誰もが避けられない、大事なテーマ「死」。そんなセンシティブなことに対しても、知的好奇心と向上心を持って向き合う山口さんの感性に迫ります。
子どもの病棟から始まった看護師としてのキャリア
山口さんは高校卒業後、神奈川の看護学校に進学し、そのまま附属病院に就職。小学校1年生〜高校生までの子どもが入院する病棟に勤務しました。
そこはほとんどががん患者さんで、先天的な特徴を持っていたり、呼吸器をつけていたりするお子さんがいました。末期症状の患者さんも多く、常に看取りとは隣り合わせでした。
山口「ここの施設もそうなんですけど、1年目から夜勤を任されるんですよね。最初は『え〜!しばらく働いて慣れてからだと思っていたのに、まさか…!』と思いました(笑)でも、そうしないと現場が回っていかないんです」
病院内で学校の授業が行われたりと、子どもたちとの賑やかな日常もありつつ、つらく苦しむ患者さんに寄り添い続ける日々でした。
初めは、自分の経験も少なく、山口さん自身もまだ子育てをしているわけではなかったので、患者さんの家族とのコミュニケーションに苦労したそうです。
ー確かに、まだ20代前半とかですもんね。どうやって解決していったんですか?
山口「他愛もない天気の話や、お子さんの普段の様子を伝えていくと、自然に会話もできるようになって、不思議と抵抗感も無くなりましたね。あと、一歩引いた視点で見ると、夫婦の関係性、親と子との関係性も観察するといろんな発見があって。積極的にご家族を巻き込んでいった方が、みんなが幸せになれるなと思っています」
この病棟での経験が、今の働き方にもさまざまな部分で影響しているようです。時に、自分の病気にも屈せずに、「やりたい!」と思ったことを実現させる子どもの行動力に圧倒されたこともあったのだとか。そんな濃い体験ばかりな環境で、8年間を過ごしました。
「人生の最期」から周囲に波及していく、感情の変化を感じ取る
子どもの病院に勤めていた頃から、山口さんは次第に気づいたことがありました。
山口「なんとなく、看取りに対して私が感じていることが、周りとはちょっと違うなって気付いたんです。『死』っていう、誰も逃げられない根本的なものと向き合うことで起こる“感情の変化”を見るのが楽しいんですよね。今でも、ご家族の方に看取りの説明をした際に、『あ、この人はもう覚悟が決まったな。ここから先は安心だな』って分かるんです」
長崎に戻ってきた後、ながよ光彩会に勤める前は、いくつかの病院に転職するも不思議と担当する現場は人生の終わりに近い人たちと接するところであることが多かったようです。山口さん自身の意識も、「最期」や「看取り」に向いていました。
そんな折に、現在ながよ光彩会のかがやきに嘱託医として来ている中尾先生の、講演会のチラシを目にした山口さん。「看取り」に関する勉強会でした。以前からなんとなく気になるキーワードであったため、参加することに。その時に聴いた講演会の話は、終末期のケアの考え方を180度変えてくれるものでした。
ー講演会の中で、どんな部分に共感したんですか?
山口「主にグループホームの看取りに関するお話だったんですけど、看取りをするためにあんまり医療は必要ないんだなって気づきました。最期にちゃんぽん食べたり、ビール飲んだり。すごく素敵なお話がたくさんあって、『そういうことできるんだ!私もこういうことがやりたい!』って思ったんです」
もちろん必要だとは分かっているけれど、容態が悪化した患者さんの元へバタバタと駆け込んできてモニターや点滴を持ってくることに違和感を感じていたそうです。「人生の終わりくらい、もう少し落ち着いて過ごせた方がいいんじゃないか…。」ちょうど山口さんのそんな気持ちに応えるかのように、新しい考え方に出会うことができたのでした。
居ても立っても居られなくなった山口さんは、翌日の仕事の昼休みに、中尾先生の病院へ電話をかけました。残念ながらその病院では採用の募集をしていませんでしたが、「ここが人手を探していると思いますよ」とのことで、ながよ光彩会を紹介されたのでした。
現在では利用者さんが入所する際に、さまざまな説明と併せて、家族の皆さんに「看取り」について希望をヒアリングしているそう。「え!?最初からいきなりその話題?」と驚かれそうですが、一番最初に話しておかないと、その後で話題を振るタイミングを掴むのが難しくなってしまうのです。
山口「職員とご家族とが看取りに向かって、できるだけ同じ気持ちで迎えるように努めています。溝を埋めていくようなイメージですね」
山口さんのキャリアや価値観があるからこそ、利用者の家族とも積極的にコミュニケーションを取ろうとする姿勢が伺えました。
職員に向けた、オリジナルのエンディングノートづくり
新しく高齢者福祉事業(看護・保健部門)の理事に就任し、これからやってみたいことなどを伺ってみました。
山口「ご家族だけじゃなくて、職員の皆さんにも広めていきたいなって思うんです。今すでに夜勤で頑張ってくれている人たちは、『怖いけど、自分1人しかいないから、なんとかするしかない』って気持ちで覚悟を決めていると思うんですよ。その積み重ねは、きっと自信に繋がるはずなんです」
山口さんが語る中で、「覚悟」という言葉がキーワードのようでした。職員も、利用者の家族も、看取りに向けた「覚悟」を決めることで大きな感情の揺れ動きが起こる。「赤ちゃんが産まれ、育てていくうちに周りの人間が成長するように、人生の終わりにも周囲の人間は成長していくものだと思うんです」と山口さんは語ります。
ーどんなことに取り組んでみたいのか、イメージはありますか?
山口「まだまだ構想段階なんですけど、エンディングノートをまず職員の皆さんに作ってみてほしくて。ぼんやりと中身を考えながら、み館の寺井さんに伝えてデザインに起こしてもらったりしています。市販のものではなかなか自分のイメージに合うものがなくて(笑)。だったら自分で作ろうと思って、いろんなエンディングノートを買っては研究しています」
どんな気持ちで、どんなことを考えながらエンディングノートを書いてほしいのかを練っているところなのだとか。職員も一度自分自身のことを真剣に考えてみれば、利用者と接する時にも共感できる部分や発見がありそうです。
山口「職員さん自身にも、後悔してほしくないなって気持ちもあります。ほんと、大きなお世話ですけどね(笑)。『これやっておけばよかったな…』というのが一つでも減ってくれたらいい。人生が充実してくれたらいいなって思います」
日々に追われていると、立ち止まってゆっくりと自分のことを考える機会はなかなか取りづらいもの。一度そんなチャンスを設けてみようと、山口さんは考えを深めていきます。
これが私の休日のゴールデンコース
最後に、山口さんのパーソナルな部分について探ってみました。
ーこれが最高のおうち時間の過ごし方!みたいなのってありますか?
山口「今朝も観てきたんですけど、『ノッティングヒルの恋人』って映画が大好きで何回も観てますね。全部じゃなくて、お気に入りのシーンだけを観て、ああ〜いいなぁって(笑)。仕事から帰ってきても、家の中で仕事のことを考えちゃって、頭の中がぐるぐるしてる時とか、リセットするために観たりしますね」
物語の展開や結末がハッピーエンドだと分かっているからこそ良いのだとか…!お気に入りのシーンを観て感じる気持ちをただ味わいたいだけなのだそうです。
仕事でも、プライベートでも、感情の機微に面白みを感じる山口さん。そんな感性と、多くの看取りを経験してきたからこそ見える世界が、たくさんの人の幸せに繋がると信じているようです。利用者の家族や職員皆さんを巻き込んでいくことで、どんな変化が起きるのかが楽しみです。